生きる意味
誰からも必要とされなくなったと感じたとき、人は生きる価値を見失うのだろうか
誰かに必要とされていると感じるから、幸せに生きていられるんだろうか
誰にも頼らず、誰からもあてにされず、それでも 生きたいと望んで生きている人もこの世界にはいるような気もする
ただ、与えられた命に感謝して生きていけるのだろうか
っていっても、別に、宗教がかった話をしているわけではない
私の母がうつ病を患っている
誰が見ても、幸せな生活を送っていると思われるであろう母が、今生きる気力を失いかけている
母の心に大きな失望を伴うような事件が起こったわけでもない
今まで、なんとなく過ごしてきた毎日の繰り返しが 急に色あせてしまったようだ
一人になると、生きていてもしょうがないと思う と呟く
そんなことをいわれると、娘の私はいたたまれなくなる
全身から力を吸い取られるような感覚を感じる
母は、私と弟を常に見守り、育ててきた
私たちは、思春期を過ぎた後も自立せず母に頼ってきた
昨年、私は結婚し、弟は彼女と同棲を始めた
私も弟も毎週、母の顔を見るため帰るが、1年の月日が家を実家に変えていった
母に守られていた私たち
今度は母を守っていこうと思うようになった
いいことなのかもしれないけど、子供としてあたりまえの成長なのかもしれないけど、母にしてみれば、それは寂しいことだったかもしれない
母は守られたいのではなくて、必要とされていたいんじゃないかって ふと思った
父は自立している ように見える
私たちが幼いころはたいそう可愛がってくれたそうだが、あるとき自ずからきっぱり子離れをしたそうだ
困ったときは、もちろん父として力を貸してくれる
けれど、必要以上に干渉はしない
自分の趣味を持ち、おそらくやろうと思えば身の回りのことも一人でこなせ、家族に頼る姿はあまり見たことがない
父は母を必要としているのだろうか そう思わせるほど父は自立している
それもまた、母は寂しいのではないか
夫婦の関係は、子供の私でも計り知れない
だから余計なことはいえないが、長年連れ添っているんだから父だって母を必要としているに決まっている
感情表現が乏しい父には難しいことなのかもしれないが、父の人生において母は、いままでもこれからも、生きているだけで必要不可欠な存在であるということが伝われば、母の心向きが変わるような気がしてならない
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