心と体

LOVE & PEACE

いろいろ考えて

けっこう泣いた

導き出したひとつの結論

母のために今、自分が出来る限りのことをしよう

譲れないことがあるんだと強く思うがあまり、譲るとか譲らない関係なく持ち続けているはずのホスピタリティ精神を見失っていたのかもしれない

家族の一大事、ましてはかけがえのない母の病

自分のプライドがどうとか、生き方はこうとか言ってる場合じゃなかった

実家の家事を買ってでた

これから、忙しくなりそうだ

でも、心はスッキリしてきた

みんなに守られているから、みんなを守る

世の中は、持ちつもたれつで繋がっているんだ

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原因は私

もやもやする。自分の心に渦巻く感情が、怒りなのか悲しみなのか はたまた 別のものなのか判別できずに戸惑っている

この不可解な感情のきっかけとなったのは、母からの言葉だった

 「お姉ちゃんは、なんか最近変わったように思う」

 「具合が悪いママを認めたくないみたいで、早く自分のお家に帰りたいみたい」

 「心配してくれているのはわかるけど、弟やパパのように優しく声をかけてくれない」

 「時にブスっとして怒っているようでもあり、自分のことを話さなくなった

どっちが鬱かわからないみたい」

大まかこんなようなことを言われたと思う

ママのうつ病を心配し、なんとか良くなってもらおうと思う一方で

最近の私は、確かにママの言動に過敏に反応し 苛立っていた

具合が悪いことを理由に、常に眉間にしわを寄せ

のどを通るのもやっとという風にぼそぼそと食事をし

肩を落とし、足をずるように歩く

力のない声で否定的なことばかり言う

私の新しい生活を否定されるような発言は、何より辛かった

病気のせいだとわかっていても、その全てが気に障り、私の神経を逆撫でしていた

なんて心が狭く優しくないんだろうと自分でも情けなく思う

そんな私でも 今、母に反論したり 怒りをぶつけることは 得策ではないとわかっていたので、今以上ストレスに感じることがないよう、母の嫌な仕草は見ないように、反論されそうな話はしないように、目を合わせないようにすることで無意識のうちに自分の身を守っていたのかもしれない

普通にしていたつもりが、母に言われて気がついたのだった

 私は心のどこかで、母をうつ病にした原因は私なのではないかとも思っている

私は結婚して家を出て、とても幸せに過ごしている

自分の人生を歩きたいと生意気なことも思うようになり 挙句の果てには 好きな人と好きな場所に移り住みたいとまで思っている

表向きには出さないようにしていても、そんな気持ちが母に伝わっているのかもしれない。でも、指摘されたところで否定することもできない

一度、心に芽生えてしまった自立への気持ちは、ゆっくりでも確実に大きくなってきている

もう、後戻りは出来ない

けど、母への感謝と愛情が減ったわけではない

その気持ちも偽りなく、生涯変わらぬものだと信じている

この先、どうすればいいのかわからなくなってしまった

自分に嘘をつかず、母を傷つけずに癒せる方法は見つかるのだろうか

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生きる意味

誰からも必要とされなくなったと感じたとき、人は生きる価値を見失うのだろうか

誰かに必要とされていると感じるから、幸せに生きていられるんだろうか

誰にも頼らず、誰からもあてにされず、それでも 生きたいと望んで生きている人もこの世界にはいるような気もする

ただ、与えられた命に感謝して生きていけるのだろうか

っていっても、別に、宗教がかった話をしているわけではない

私の母がうつ病を患っている

誰が見ても、幸せな生活を送っていると思われるであろう母が、今生きる気力を失いかけている

母の心に大きな失望を伴うような事件が起こったわけでもない

今まで、なんとなく過ごしてきた毎日の繰り返しが 急に色あせてしまったようだ

一人になると、生きていてもしょうがないと思う と呟く

そんなことをいわれると、娘の私はいたたまれなくなる

全身から力を吸い取られるような感覚を感じる

母は、私と弟を常に見守り、育ててきた

私たちは、思春期を過ぎた後も自立せず母に頼ってきた

昨年、私は結婚し、弟は彼女と同棲を始めた

私も弟も毎週、母の顔を見るため帰るが、1年の月日が家を実家に変えていった

母に守られていた私たち

今度は母を守っていこうと思うようになった

いいことなのかもしれないけど、子供としてあたりまえの成長なのかもしれないけど、母にしてみれば、それは寂しいことだったかもしれない

母は守られたいのではなくて、必要とされていたいんじゃないかって ふと思った

父は自立している ように見える

私たちが幼いころはたいそう可愛がってくれたそうだが、あるとき自ずからきっぱり子離れをしたそうだ

困ったときは、もちろん父として力を貸してくれる

けれど、必要以上に干渉はしない

自分の趣味を持ち、おそらくやろうと思えば身の回りのことも一人でこなせ、家族に頼る姿はあまり見たことがない

父は母を必要としているのだろうか そう思わせるほど父は自立している

それもまた、母は寂しいのではないか

夫婦の関係は、子供の私でも計り知れない

だから余計なことはいえないが、長年連れ添っているんだから父だって母を必要としているに決まっている

感情表現が乏しい父には難しいことなのかもしれないが、父の人生において母は、いままでもこれからも、生きているだけで必要不可欠な存在であるということが伝われば、母の心向きが変わるような気がしてならない

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